31日(水曜日)
29日月曜日まで仕事をしました。今年の私の最後の外来で実に示唆に富む診療をし終えることができました。毎月外来通院しているKさんは年末に鼻風邪を引いたと受診されましたが、鼻風邪の症状といっても鼻水がわっぜ出る(鼻水がとてもいっぱい出る)というものでした。それよりも私には気になることがありました。いつもよりも血圧が40〜50mmHg低いことです。何回測っても間違いなく低いのです。そこで何度も胸が痛くないですかと訊いてみました。すると、いけんもない(どうもない)という答えでしたが、すぐに心電図をとってみました。やはり心電図にはきれいに心筋梗塞の所見が出ていました。ラビチェックの結果ははっきり陽性とは言えませんでしたが、大急ぎで紹介状を書き、救急車に乗せ、循環器専門病院に送りました。
いつも威勢が良くて私の横で世間話やバカ話をして帰る人です。2000年には私が腎臓結石を見つけたのでその後始末に時間がかかると冗談を言う人です。腎臓結石に対する体外衝撃波を100回以上したそうで鹿児島市立病院泌尿器科の体外衝撃波チャンピオンだと自慢します。泌尿器科の先生からは病院には自家用車で来てはいかんよ、タクシーで来なさいと言われ、ハイハイ、いつもタクシーで来ていますと答えているとよと、受けを狙ってうれしそうに私に話してくれる現役のタクシードライバーです。
救急車で送ってから2時間くらいで家族からお礼の電話が来ました。今緊急手術をおこなうために麻酔をかけるところだという報告でした。昼過ぎには循環器のドクターからも電話が入り、3枝病変でした。すぐに手術と決まりましたという報告でした。
私は3枝病変と聞いて、ほんとよかったと思いました。心臓を動かせているすべての冠動脈に障害があったとはさすがに予想していませんでした。ひとりの人を助けることができたと胸をなでおろしました。もしかしたら、助けられなかったかもしれない、かなりきわどい状況だったのです。いつも冗談ばかり言う人が、ちょっといつもよりも雰囲気が違いました。とにかくよかったと今年最後のうれしい出来事でした。
1年間このつぶやきを読んでくださった多くの人に感謝します。アクセスカウンターが上がらなくなったらやめようと思って書き続けました。1人でもつぶやきを楽しみにしてくれる人がいることが励みです。
来年も厳しい年になりそうですが、がんばってつぶやくつもりです。1年間どうもありがとうございました。
26日(金曜日)
私は29日で仕事収めの予定です。30日の外来は大学病院の先生にお願いして正月休みに入ります。それまで必至で書類整理をするつもりですが、急な案件が生じて完全にできるかどうか微妙です。
さて、今年の締めくくりの写真は、ヘルスケアフォーラムで力説した内村川上内科の3大ソフトでした。来年もハードとソフトの充実に努めたいと思っています。
25日(木曜日)
記録をねらっているわけではありませんが、午前中で50人を超え、今日の午前の外来はさらに混雑しました。11時半過ぎだったと思いますが、久しぶりに気分が悪くなってきました。脳を使い過ぎて脳内のブドウ糖が枯渇した状態でした。急いでデカビタCを買って飲んでから少しずつ低血糖から回復できましたが、次々来られる患者さんを診ながら、誤診したり、患者さんに不快感を与えてはいけないと自分に言い聞かせながらの診療でした。
午後の病棟回診の方がよほど楽に感じられました。いつもなら外来が楽しくていいもんだと思うのですが、さすがに今の状況に押しつぶされてしまうというストレスを本気で感じてしまいました。
24日(水曜日)
年末で休み明けということで外来が混雑しました。午前中だけで50人近く診察しました。水曜日の午後はフリーなので、私は月1回のグループホーム管理者との情報交換会を開きました。管理者全員女性、それに副院長、外来看護師、訪問看護ステーション看護師が参加しての女性の多い会です。普段からメーリングリストを通して情報交換をしているので情報の確認という意義のような会になっていますが、月1回なので面と向かうことが大事と今は思って続けています。
続けてSEの退職にともない、その引き継ぎの会議を開きました。診療所にSEを置くというちょっと贅沢なちょっと大胆な発想でこれまでやってきましたが、さらなる展開という局面になりました。ホームページが及第点に達していないと各方面から言われ、今後ホームページ管理をアウトソーシングすることにしました。すべてのホームページをアウトソーイングで作って自由度のないものにするのではなく、私たちも編集に参加できるというスタイルをめざしています。もちろんこのつぶやきは続けていくつもりです。
今夜はクリスマスイブ。若いときのようなウキウキ気分ではありませんが、ちょっとしたサプライズを用意して家族と過ごす予定です。
21日(日曜日)
鹿児島で開かれたヘルスケアフォーラムは盛大のうちに終わりました。久しぶりに岩手県の金澤先生、東京都の石山さん、そして茨城県に移られた武重さんに会う事ができました。金澤先生のヴィジョンの大きさには相も変わらず感銘を受け、その話の中に将来の大きなヒントをみつけました。石山さんも武重さんも面白い方達です。しかし、人間的なふところの大きさを感じました。武重さんが小松帯刀の大ファンということを何回もおっしゃっていたので会場前に建っていた小松帯刀の銅像写真をアップしました。
では私の発表はどうだったかというと、プロジェクター接続で少しもたついてハラハラしましたが、実際の発表が始まると、マイペースで話せました。時間にゆとりがあれば、ジョークを連発したかったのですが、スライドの一コマは今月のつぶやきで少し公開します。
19日(金曜日)
明日はヘルスケアフォーラムで話す事になっていますが、さっきやっとスライドができ上がりました。見て楽しい、笑えるスライドです。内容はちょっと奇抜かも。ちょっと自画自賛的かも。いろいろご批判が上がってくるかもしれませんが、練習なしで明日やります。20分を越えること必至。最初から最後まで独断と偏見で終わるかもしれません。明日のヘルスケアフォーラムが終わったらここで公開するかもしれません。
18日(木曜日)
今年最後のポッドキャスト。約10分の内容です。今回もとにかく集まって何か話そうという趣旨でしたのであまり内容がありませんが、法人を思う気持ちはある3人です。→今年最後のポッドキャスト
17日(水曜日)
午後からポッドキャストを収録しましたが、配信できません。それはなぜか。収録編集に使ったノートパソコンMac Book Proが無線LANで使えないようになっていたからです。それを解決する時間がなかったため今夜はまだお伝えすることができません。とても残念です。無線LANでインターネットできないノートパソコンなんて考えられませんが、設定がそうなっていました。
さて、私の両親がクリニックとろうけん青空の玄関に生花をいけに来ていましたが、職員が手伝ってくれてとても助かると喜んでいました。重い水を運んだり、花木を運んだり、後期高齢者の両親にはとても大変らしいです。私が手伝うのは簡単なのですが、私が手伝っているのに他の職員が何もしないという状況がかつてあったので私は手伝いたくてもわざと何もしませんでした。しかし、最近とても協力者が多くなって両親は楽をさせてもらうようになり職員教育がいいねと言ってくれます。
16日(火曜日)
月曜日の朝、入院患者さんが死亡退院したこともあり、一気に入院患者数が14名になりました。5床の空きです。しかし、火曜日の朝には17床になりました。つまり1日で3人が入院したわけです。このあたりの役割が在宅医療事業部連携部長によるものでその手腕が発揮されました。一気に3人も入院すると、病棟看護師さんはその対応に忙しいのですが、空き床をそのままにしていくと診療所が傾いていきます。つまり経営がわるくなります。入れ替わりが多いことが理想ですが、そのようにいかないのが医療です。
さて、6月以来長くポッドキャストの情報発信をしていません。きょうは「今年を振り返って」というテーマで収録予定があります。忙しいとばかり言ってはおられません。スタッフがそろえば1時間でできることです。楽しいポッドキャストを継続!
15日(月曜日)
昨夜の当直の先生はゆっくりする時間もなく、さぞ大変だったと察します。わたしは日曜日午前中の日直で入院患者さん2人が非常に悪い状態であることを把握しており、今夜かもと予測しておりました。私の予測は当り2人とも相次いで夜に亡くなられました。事もあろうにそのちょうど間に往診依頼が入いり、遠いところまで当直医の先生は往診しておられます。その患者さんのところにきょう私は訪問診療しましたが、いつもとちょっと反応がちがったのであわてて往診依頼の電話をしましたが、先生が来られたときはどうもありませんでしたと言われました。そんなもんです。もう1回呼びかけて反応がおかしければ往診を頼むことにすればいいのにと思うのですが、みなさんあわててしまって寝ているのに急変したと往診依頼する場合があります。このようなことを防ぐためにかねてより家族を中心に教育していかなければならないと思っています。
14日(日曜日)
金曜日の夜は内村川上内科(クリニック全体)の忘年会がありました。今年は事情により法人の忘年会を各部署ごとに開催することになり、各忘年会の日時や場所が違いました。そのほとんどから招待されましたが、幹事が私のスケジュールに合わせてくれた内村川上内科の忘年会だけに出席できました。
その忘年会は会場がせまくて移動しにくいのが難点でしたが、幹事たちの心使いで楽しく盛り上がりました。田村先生も来てくれたていっそう盛り上がりました。
来年からはふたたび法人全体が一堂に会して忘年会をやりたいと思います。法人内の交流に力点を置いているわけですから当然のことだと思います。
11日(木曜日)
インターネットができる環境さえあればメールチェックができるというのはとっても便利なものだとつくづく思います。
きのうのつぶやきは実家の古いマックで書いたものです。実家は光でインターネットだけはいつでもできるのですが、メールソフトを使わないでもブラウザにURLを打てば、当法人運営のウェブメールにつながり、ウェブメールができます。そういうわけでウェブメール内でつぶやきの原稿を書き、自分宛にその原稿を送って自宅でもう一度ウェブメールを開いてそれをドリームウェバーというホームページ作製ソフトに貼り付けてつぶやきを更新してきのうのつぶやきを書き終えました。
ウェブメールはこのようにパソコンとインターネット環境さえあればどこでも自分のメールをチェックできます。もちろんIDとパスワードを憶えていなければできませんが。ふつうのメールソフトだとややこしい設定をしないといけませんが、ブラウザ内でURL、ID、パスワードと打つだけで他人のパソコンでメールチェックするのは時間の有効活用です。
さて、きょうは回診日ですっかり疲れました。重症患者さんが多く、治療、検査指示を立てるのたいへんです。しかしそれも電子カルテなので能率化できているので手書きよりははるかに便利なのですが…。
10日(水曜日)
当院の医事課には以前からいろいろな問題が潜んでいることはわかっていたのですが、その実態が私にはよく見えないから改善しようにも手を出せないでいました。しかし、少しずつではありますが、実態の一部が見えてきましたので改善策を実行することになりました。
まず、受付業務に集中できるように外部からの電話を受付デスクに繋がらないようにします。多い電話の応対に予想以上の労力を要してきました。そこで電話当番を決めて、内部で落ち着いて電話するようにします。
ゴタゴタした医事課がもっとスッキリするようにデスクの整理をします。つまりデスクを減らし、別部屋に移すことにし、総務課を作ります。総務課と医事課の境界がむずかしいですが、全体的な仕事内容が総務課で医療や診療報酬に関することが医事課かなと思っています。
また、当院医事課の指揮命令系統はあいまいですぐにショートしたり、漏電していましたが、今後この点もよくなっていくだろうと思います。これまで事務系の人の仕事は遅い、スピード感がないとつい思っていました。それはたぶん私が常に患者さんを目の前にして即断しなければならない医療現場のように結果や答えを要求してきたからです。この点は改めなければと思い、最近、1週間はじっと黙って待つ、事案によっては1か月は待つことにしていますが、やはり中途報告は欲しいところです。こんなことを思った日でした。
9日(火曜日)
毎日不況に関するニュースが多くなっていますが、確かに外来の患者さんと話しても景気の悪い内容ばかりです。麻生内閣の支持率が20%台前半に急落していますが、あれだけの低い意識で総理になったのだから当然のことだと思います。
さて、ヘルスケアフォーラムに向けてのスライド作りにも力を入れないといけなくなりました。テーマは「ハードとソフト」と決めました。法人とくに内村川上内科のハード環境、ソフトの実態をご紹介して、ここ2年間の変化を供覧できたらと考えています。
8日(月曜日)
午前中の外来でCTを5件撮ることになり、その説明やらにてんてこ舞い。とっても忙しい日でありました。日曜日はレセプト注釈書きでつぶれ、きょう月曜日は診療が忙しく、100枚ほどたまった退院サマリー書きなど一向にやりたいことができません。
さて、今週は忘年会が2回予定されています。先週の土曜日はろうけん青空の忘年会に顔を出しましたが、とっても盛り上がりました。すごくまとまっているなあという感想です。これは強力な司令塔があるからだと思います。だれが司令塔なのかは触れませんが、内村川上内科にもそんな人物がほしいものです。私は仕事で手いっぱいです。
5日(金曜日)
おとといから息子の首まわりにぶつぶつ(水疱)ができ始めたので帯状疱疹と思い、アラセナA軟膏という抗ウイルス薬(ビタラビン)を塗りましたが、翌日にはさらに増えたのでこれはやばいと思い、近くの皮膚科専門医に診てもらいました。やはり帯状疱疹の診断で抗ウイルス薬の飲みくすり(アシクロビルシロップ)をもらいました。
子どもも帯状疱疹が出るときは免疫力が低下したときというけれどとても心配しております。明日は血液検査をしたいと考えていますが、なかなか採血させてくれないので、親の不安は続くばかりです。
4日(木曜日)
2004年発売の邦画「同窓會」に私の父がエキストラとして出演していたのですが、やっとそのDVDをネット上で見つけ、購入しました。桜島フェリーの甲板上に座っている乗船客として出演しているようですが、下の写真のようにガイドさんの左に写っています。
先日、このDVDを持って両親と私の息子と観賞しましたが、撮影シーンの裏話など結構父は記憶していて安心しました。いっしょに出演した友人は去年亡くなったと教えてくれましたが、この友人の方には私も会ったことがあり、当法人のろうけん青空やデイケアかがやきでボランティアで紙芝居をしてくれた人でした。たった4年のことですが、高齢者のエキストラには予想以上の変化があり、驚くばかりです。父も大手術を受け、今では杖を使って歩くようになりました。
3日(水曜日)
パナソニックのマッサージ機を一発奮起して購入しました。購入価格22万円。定価はオープン価格とありますが、40万円後半です。価格.comを見ると、最高39万円から21万円まであり、最低価格ではなくてある程度信用ある販売会社にネット注文しました。地元の電化店をいくつか調べましたが、ベスト電器店が39万円、地元のなじみ店がいくらがんばっても32万円と言いました。結局、インターネット注文し、配達日を指定しました。配達料は無料です。この場合、家の玄関先に置くだけとなり、家の中には自分で運ばなければなりません。重さ80キロくらいあるのでそれは不可能です。そこで6500円くらい払えば、家の中の設置場所まで運んでもらって箱から出してくれます。いらなくなった箱もすべて持って帰ってくれます。着払いなので安心です。
今は毎晩マッサージを30分して体がとても軽いです。ちょっとした楽しみです。毎日のストレスがしっかり抜けていくように感じます。
2日(火曜日)
体と頭が2つほしいと芯から思いました。
外来が終わりかけた頃にみえた患者さんは滝のような汗をかいていました。主訴は寒気、高熱、左側腹部周期性疼痛でした。CRPが20近くも上昇しているのがわかり、レントゲン、エコーなど検査を拡大することになりました。ほどなく、6時ごろ入院患者さんが急変し、心肺停止になりました。心臓マッサージが始まり、気管内挿管して補助呼吸をすることになりました。
1階では外来患者さんの家族に検査結果とこれからの治療のことを説明し、2階では家族にどうしてこなったか状況を説明し蘇生できないことを納得してもらわなければなりませんでした。
なかなか不可解な経過をたどるのが医療です。なかなか理解してもらえないこともあるのです。しかし、診療所レベルとしては精いっぱいしていると思います。
1日(月曜日)
1年はとても早いものです。あと31日で今年は終わりなのですから。今年はあとヘルスケアフォーラムで20分しゃべるという仕事があります。それに向けて発表スライドを作らないといけません。
また、書類をいっぱい書き残しています。何が何でも書類だけはすべて書き終わって来年を迎えたいと思います。主な書類は退院サマリーなどで数十枚残っていますが、寸暇を惜しんで書きまくろうと思っています。
ではきょうのクリニックの仕事はというと、一言で昨日の日当直疲れで気力がありませんでした。日直は訪問診療1件だけで大したことはありませんでしたが、いま一つです。今夜はゆっくりしようと思います。
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